2013年5月1日 「英霊に尊崇の念を表する」なら憲法を護れ!


@ 安倍首相は24日の参院予算委員会で、麻生副総理ら閣僚3人が靖国神社を参拝したことに中国や韓国が反発していることに関して、「国のために尊い命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。」と述べた。

 そもそも靖国神社は、過去のアジア侵略戦争を正義の戦争、アジア解放の戦争だったと宣伝し美化する特殊な神社だ。だから日本の侵略や植民地支配で甚大な被害を受けた国の人々が強い嫌悪感を持ち、日本政府要人の靖国参拝に反感を持つことは当たり前だ。領土問題で両国との関係が悪化している今日、麻生副総理らがあえて参拝を強行してさらに関係を悪化させたことは、児戯にも等しい愚行である。

A そうした両国の反発や心情に配慮することもなく、逆にそれを「脅かし」だと強気に対応する安倍首相の政治姿勢は、外交的・政治的配慮を欠いた偏狭な国家主義者という他ない。こんなことで、北朝鮮の核・ミサイル・拉致問題に両国と緊密な連携を構築できようはずもない。彼らの常套語である「国益」を安倍首相自ら損なっているのだ。

B 戦後、日本国民は、戦前の為政者・政治権力が第二次世界大戦を引き起こし300万人以上の国民とアジアで2000万人以上の尊い命を奪い、そしてついには日本自身を破局に追い込んだという深刻な反省の上に、新しい憲法に国民主権、基本的人権の尊重とともに恒久平和(第9条の「戦争の放棄・戦力の不保持・交戦権の否認」)を盛り込み、政治権力にこれを義務付けたのである。

 しかし、安倍首相ら偏狭な国家主義者たちは、これが気に食わないからと、政治権力を縛る憲法を逆に国民を縛るものに変え、憲法9条を改悪して「国防軍」を持ち、米軍と「集団的自衛権を行使」を認めて戦争のできる国に転換しようというのである。これが、安倍氏のいう「戦後レジーム(体制)からの脱却」の真意である。

 もし本気に「英霊に尊崇の念を表する」というのであれば、憲法三原則をさらに深化、実現することが筋道ではないか。

社民党幹事長 参議院議員 又市征治