2013年6月12日 国家権力を縛る憲法が国民を縛るものに
             ―自民党の「壊憲」内容(3)―


 立憲主義とは、主権者たる国民が憲法によって国家権力行使のあり方を定めて国民の人権を保障する原理であり、したがって国家権力は憲法に拘束されている。

 しかし、自民党の「改憲草案」は、その第102条で「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。」としているように、真っ向から立憲主義を否定し、憲法で主権者・国民の人権を制限し、尊重の義務を課すとんでもない代物である。人権を制限の規定は随所にあるが、以下の点が象徴的である。

 「改憲草案」は、現憲法第97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」という基本的人権の本質の規定を全文削除している。

 その上に立って、「改憲草案」は、現憲法第12条の「…自由及び権利は、…常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」を「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」に置き換えている。

 また、第21条の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」という現行規定に「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という条文を追加している。

 これらは、時の政治権力が「公益及び公の秩序を害する」と判断したら、例えば沖縄の反基地闘争も、原発再稼動反対・脱原発の運動も、政府批判の集会やデモも制限・禁止できることになる。民主主義の根幹である表現の自由などの圧殺である。

 「強固な国粋主義者」と米議会調査局からさえ名指しされた安倍首相らの改憲の基本理念はまさにここにある。だから「戦後レジームからの脱却」を叫ぶのだ。

社民党幹事長 参議院議員 又市征治