2011.10.14

1.  国家公務員の給与・勤務時間等の勤務条件は、国家公務員法第28条第1項で「国会により社会一般の情勢に適応するように、随時これを変更することができる」と定められている。そして、この「情勢適応の原則」を実現するために、同条第2項は「人事院は、毎年、少なくとも一回、俸給表が適当であるかどうかについて国会及び内閣に同時に報告しなければならない」、また同法第67条は「人事院は、…給与に関する法律に定める事項に関し、常時、必要な調査研究を行い、これを改定する必要を認めたときは、遅滞なく改定案を作成して、国会及び内閣に勧告をしなければならない」と人事院に義務付けている。
 したがって人事院は、この規定に基づき、毎年、国民一般の標準生計費と民間給与の調査を実施し、官民給与の比較を行い、職員の給与を民間の給与に準拠する改定内容を決定し国会及び内閣に勧告する。これを受けて政府は、改正給与法を国会に提出し、国会の検証を経て毎年の公務員給与が決定されることになっている。これが国家公務員の労働基本権の代償機能として50年余にわたり定着してきた。


2.  しかし政府は、本年6月、人事院の勧告によらず、国家公務員の給与を向こう3か年度にわたり5〜10%減額支給する臨時特例法案を国会に提出した。これは、以下に述べるように違法・脱法の措置と言わざるを得ない。
 第1に、この措置は、法定された人事院勧告による給与決定の仕組みと全く異なる方法を採ろうとするものであるから、政府は職員はもとより国民の理解を得るべく努力し、労働基本権付与等の法改正を行ってから始めるべきである。したがって政府は、「給与削減と労働基本権の付与は同時提出・同時成立」を表明してきたが、その実現がない下での給与削減は国家公務員法違反と職員団体への食言となる。
 第2に、臨時特例法案は、国家公務員の給与を平成25年度末までの3か年度にわたり5〜10%減額支給することを内容としている。しかし、国家公務員法は、国家公務員の給与を「社会一般の情勢に適応」させるために、労働基本権制約の代償機関である人事院に対して、少なくとも年1回報告を行ない、必要な勧告を行なうことを求めている。すなわち臨時特例法案はこの「情勢適応の原則」を踏みにじるものであり、労働基本権回復がない下では国家公務員法違反と言わねばならない。
 第3に、政府は、臨時特例法案の内容は事前に職員団体と交渉し合意に至ったもので違法ではないと強弁している。しかし、そもそも労働三権が付与されていない職員団体との交渉は「労使対等の交渉」とは言えない。しかも、その交渉は国家公務員全体の4分の1弱の職員団体との合意であり、その他の職員団体や職員団体に属さない職員、警察や海上保安庁等の団結権も認められていない職員等国家公務員多数の理解と納得を得る手続きが取られたとは言えない。したがってこの措置は、労働組合法や労働契約法等の労働関係法令の脱法行為と言わねばならない。


3.  これはまた、以下に述べるように憲法違反の疑いが濃厚である。
 平成12年の全農林人勧凍結反対闘争の最高裁判決は、「…適切な代償措置の存在は公務員の労働基本権の制約が違憲とされないための重要な条件なのであり、国家公務員についての人事院勧告制度は、そのような代償措置の中でも最も重要なものというべきである。したがって、人事院勧告がされたにもかかわらず、政府当局によって全面的にその実施が凍結されるということは、極めて異例な事態といわざるを得ない」と指摘しつつも、政府が人事院勧告を尊重するという基本方針を堅持し、将来もこの方針を変更する考えはなかったものと認定し、昭和57年の人事院勧告凍結は、極めて異例な事態ではあるが「代償措置がその機能を完全に失っていたとはいえない」とする多数意見をもって憲法違反論を退けたのである。
 この論旨から言えば、今回の臨時特例法案は、労働基本権の「代償措置の機能を完全に失わせる」措置であるから、当然、労働三権付与が前提でなければならない。換言すれば、労働基本権を制約したままでこのような措置が取られるとすれば違憲のそしりは免れない。


4.  社民党は、以上の諸点を勘案し、10月6日、「労働基本権回復のための関連法案の成立がない下で給与減額を行うことは脱法行為である。公務員制度関連法案成立の目途がない中では臨時特例法案を撤回し、本年度は人事院勧告・報告に則った対応をとるべき」旨を政府及び民主党に申し入れたのである。


     
5.  公務員給与に関して様々論議があるが、以下、それらについて検討する。
 まず、「地方公務員について国家公務員の給与減額と遮断できるか」である。
 片山義博総務大臣(当時)は、5月23日の公務員連絡会との交渉において「地方公務員の給与は、それぞれの自治体において現状の給与の水準を睨みながら、労使交渉で誠実に話しあって、議会で決めるものであるというのが決定原則であり、これは尊重されるべきものである。国がこういう措置をとるから一律にああしろこうしろという筋合いのものではない。…また、国が財政措置を一方的に決定し、財政面から地方を追い込むというのはふさわしくないと思っている」と表明した。片山氏の発言は多とするが、これをもって地方公務員の給与決定への影響を遮断できるとするのは早計であろう。
 周知のように、地方公務員法第24条第3項は、「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない」と定めている。しかし実体的には、「国家公務員の給与=人事院勧告」に準拠して決定されている。したがって、片山氏が言うように「労使交渉で誠実に話しあって、議会で決める」際に、国家公務員の給与水準が目安になることは想像に難くないであろう。これを覆すためには、県民・住民が理解と納得し得る自治体労使双方の説明と、労働組合側のストライキを頂点とする様々な大衆行動が準備されなければなるまい。その決意と準備なくしては、給与をはじめ労働条件の際限のない引き下げを余儀なくされよう。

       
6.  次に、「公務員の給与は民間と比べて20%も高いのか」である。
 2006年10月2日、安倍首相の所信表明演説に対する代表質問で、自民党の中川秀直幹事長(当時)は、「財務省の調査によれば、全国の地方公務員の給与は、それぞれの地域の従業員100人以上の民間企業で働く人々よりも、平均で21%も高い/民間並み合理化をすれば、2011年度の基礎的財政収支黒字化に必要な増税額を限りなくゼロに近づけることができるのではないか」と公務員攻撃を展開した。
 私は、同年10月31日、参院総務委員会で早速この問題点を指摘した。「公務員の給与は、…職種別、役職別の民間給与実態調査に基づいてラスパイレス方式で決定をされているわけですが、中川さんが引いたこの財務省の資料(厚生労働省の「賃金構造基本調査」)というのは、企業規模は100人以上(06年度からは「50人以上」に引き下げられた)で合わされてはいるけれども、職種別、役職別も正社員も非正社員も関係なく集計したものであって比較対象にはなり得ない…ですね」という私の問いに対し、総務省の公務員部長は「公務と民間企業では、それぞれ職種、役職段階の人的構成、年齢構成、学歴構成等が異なる。このように、異なる集団間での給与比較を行う場合には、それぞれの集団における給与の単純平均を比較することは適当でなく、…同種同等の者同士の給与を比較すべきであるとされております」と答えた。また11月9日にも私は「…男女の賃金格差が、この厚生労働省の比較(資料)でいうならば57%もある。下げろというなら、…極端に言えば民間並みに公務員も男女差別をしなさいよと、こういうことを言うのか。…残念ながらこんな馬鹿なことを言う人がいた。それが中川幹事長の発言だった」と断じたのである。
 こうした「比較対象になり得ない」資料に基づく宣伝が繰り返され、これに釣られて民主党も何の根拠もない「公務員給与20%削減」を掲げるようになり、国民に「公務員給与は高すぎる」との印象づけを行ってきたのである。
 残念なことに、自らの宣伝に酔って野田首相も10月5日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、「(臨時特例)法案成立に万全を期していきたいし、(野党の)協力を得ていきたい」と述べると共に、公務員人件費2割削減に関しても「(平成)13年度までに実現できるよう全力で取り組む」と繰り返しているのである。

       
7.  もう一つ、「なぜ公務員の給与は民間に準拠するか」である。
 人事院は、労働基本権が制約されている公務員の給与の「民間準拠」を採用する理由については、「国家公務員も勤労者であり、勤務の対価として適正な給与を支給することが必要とされる中で、その給与は、民間企業とは異なり、市場原理による決定が困難であることから、その時々の経済・雇用情勢等を反映して労使交渉等によって決定される民間の給与に準拠して定めることが最も合理的であり、職員の理解と納得とともに広く国民の理解を得られる方法であると考えられる」と国会と国民に説明し、この民間準拠方式が50年余にわたって定着してきたのである。

 
       
8.  おわりに、識者はこの国家公務員の給与減額についてどう見ているか、その一部を紹介しておく。

◆公務員給与削減のナンセンス(榊原英資氏、朝日新聞2011年5月28日)
 菅政権は復興財源捻出のために今後3年間にわたっての国家公務員給与の削減の方針を決め、連合系組合はこれに合意していると伝えられています。しかしこの提案は二重の意味でナンセンスだと筆者には思われます。
 まず日本の国家公務員数は人口千人あたり12.6人(国防・公社公団、政府系企業を含む)とイギリスやフランスの4分の1。連邦国家であるアメリカの9.9人より若干多いですが、ドイツの22.3人のほぼ半分です。それゆえ公務員の人件費も対GDP比でOECD諸国中、最低の6%とアメリカやイギリスに比べて2分の1から3分の1になっています。このうえ公務員の人件費を削減する必要が本当にあるのでしょうか。公務員の数だけでなく、財政の規模でも日本はGDPの37%とデータのあるOECD諸国28カ国のうち24番目、さらに人口5千万人以上の先進国では最も小さな政府を維持しています。
 また経済復興という観点からすれば、財源は国債の発行によって捻出すべきです。給与削減や増税は他方で消費削減につながる可能性が高いので、日本全体としての消費やGDPは増加しないことになってしまいます。

◆公務員給与削減は正しいか(森永卓郎氏、朝日新聞2011年5月30日 )
 私は今回の国家公務員人件費削減は2つの点で、大きな問題があると思う。
 1つは、いまのタイミングでよいのかということだ。
 東日本大震災で、日本経済は大きく傷ついた。3月の実質家計消費は、前年同月比で8.5%も減少した。その後も、緊縮ムードは続いており、再びデフレが悪化する可能性が高まっている。こんなときに、給与削減をしたら、ますますひどいデフレになってしまうだろう。また、政府は今回の給与引き下げを地方公務員には適用しないと言っているが、すでに追随の意向を示している自治体もあり、今後引き下げが広がっていく可能性もある。さらに、震災で経営が悪化した民間企業にも、賃金引き下げの絶好の口実を与えてしまうだろう。
 もう1つの問題は、今回の給与引き下げには法的根拠がないということだ。
 公務員に労働協約締結権を与え、労使交渉で給与を決められるようにする公務員制度改革法案は、6月3日に国会に提出される。ねじれ国会のなかで、法案が成立する見通しは立っていない。もちろん、政府は給与削減のための特別法案を提出する予定だが、成立もしていない公務員制度改革法案の中身を先食いして、給与削減を決めてしまうというのは、政府自ら脱法行為をするに等しい。

 
   

以 上