2014.4.3

 安倍首相は、憲法を改悪して「戦争ができる国」に変えようと、当面、“なし崩し改憲・解釈改憲”に前のめりである。例えば、昨年末の臨時国会で、米国との軍事協力を強化する外交・安全保障の司令塔である国家安全保障会議設置法と、国民の知る権利や表現の自由、取材・報道の自由に大幅に制限する特定秘密保護法を強行成立させ、これを受けて初の「国家安全保障戦略」とこれを支える新「防衛大綱」「中期防衛力整備計画」を閣議決定し、また事実上輸出を禁じてきた「武器輸出三原則」を原則自由化し、そして沖縄県に米軍普天間基地の移設・巨大化を呑ませる―などを積み重ねてきた。
       
 もう一方で、わが国が攻撃されてもいないのに同盟国が攻撃された場合は共に戦うという「集団的自衛権」が行使できるように憲法解釈を変えようと様々な策を弄している。
 周知のように、憲法9条は「戦争の放棄、戦力の不保持と交戦権の否認」を明記している。だから歴代政権は「憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない」という見解を確立してきた(1981年5月29日の政府答弁書)。安倍内閣はこれを180度転換するという。
       
 では、集団的自衛権の行使が可能になればどうなるか。小泉内閣はかつてのアフガニスタン戦争やイラク戦争に際し、強引に特別措置法を作って自衛隊を多国籍軍の後方支援に派遣したが、集団的自衛権が禁じられているから「武力行使はしない、戦闘地域には行かない」とした。それでも名古屋高裁は「後方支援といえどもイラク派遣は違憲」だとの判決を出し、確定している。集団的自衛権の行使を認めれば、両戦争のような事態が起こった場合、わが国への武力攻撃がないにもかかわらず、自衛隊はそれに参戦し、他国の人々を殺し自衛隊員も殺傷されることになっていくことは明らかである。
 これは、平和憲法に基づいて専守防衛(必要最小限度の防衛)に徹し、非軍事的手段によって平和構築と国際貢献を行う国として世界から尊敬と信頼を得てきた戦後日本の歩みを大転換し、「戦争ができる国」に変える暴挙であり、断じて許してはならない。
       
 憲法とは、「主権者・国民が政治権力を縛って平和や人権条項の実現を図るもの」だ。これを立憲主義と言う。だから憲法98条は憲法に違反する法律や政府の行為は無効であり、また第99条は国務大臣や国会議員等に憲法を尊重し擁護する義務を規定して政治権力を縛っている。しかし安倍政権は、選挙に勝てば何でもできると思い上がり、立憲主義を無視し専制君主のような振る舞いである。これは、憲法解釈を変えて憲法9条を無力化しようとする策謀である。百歩譲って集団的自衛権行使がどうしても必要だというのならば、解釈改憲ではなく堂々と憲法改正を国民に問うべきだ。もちろん社民党は国民と共にその改悪には断固対決する。安倍内閣の「戦争をしない国」から「戦争する国」への転換策動を断固阻止しよう。
       

以 上